医者をやっていても、自分の手で命を救う経験というものは、世間の人が思うほどには多くない。臨床の多くはもっと平穏なものだし、そもそも鉄火場でないと価値がないというものでもない。それはLantos先生も著書” The Lazarus Case”のなかで述べておられることだ。
私は新生児医療に従事していたので、自分の手で救った生命は医師のなかでも多い方なのではないかと思う。30年間の当院NICUの歴史で入院患児数は累積4000人を超えている。全員に救命処置が必要だったわけではないし、私が全員担当したわけでもないとはいえ、うち27年はそこで働いたのだから、相応の人数は救っているのではないかと思う。分娩時の数分間の処置だけで迅速に回復してしまったようなケースもあれば、何ヶ月もの苦労の末にようやく退院にこぎ着けたようなケースもある。いずれにせよ、この世のどこかでみんな元気にやっているんだろうとは思う。それを思うのは決して悪い気分ではない。それだけでも、幸せな職業人生ではあったのだと感謝する。
しかし数が多いとそれだけ手柄を立てた気分になれるというものでもない。救命には最初のうちこそ高揚感もあったが、回数が重なるにつれだんだん当たり前の話になってくる。これだけ数が多いと、自分の人徳が救ったというより、救えるに決まっている子をシステムが救う、そのシステムの部品としてそこにたまたま自分がいただけ、という気もしてくる。
それは救命に飽きたとか倦み疲れたとかいう話でもなく、医療とはもともとそういうものなのだろうと思う。むろん新生児の人工呼吸ほかあれこれの処置は、どれもそう簡単な手技ではない。しかしとくに当院のような市中病院NICUで日々淡々と行われる基本的な水準のものであれば、たとえばFontane手術とか切断指の再接合とかといった、限られた天才しか手を出してはいけない領域というほどでもない。花形というよりは地道なインフラであり、社会に提供されるのがあたりまえの仕事である。NHKの特集番組で、文末の音程が下がらない奇妙な口調のナレーションで紹介される類の手柄話ではない。存在よりも不在のほうが報道されるべき類の話である。
救えた子は、自分でなくても救えたのではないかと思う。しかしその裏で、救えなかった子についてはどうしても、自分でなかったら救えたのではないかという思いが残る。いやそれは自分でなくても救えなかったのだと、思いはすれどそれですっぱり思い切れるというものでもない。そう思うなら土下座して謝って賠償せえというお叱りも受けるかもしれず、これを公言するのは甘えかも知れないが、引退前にNICUを閉じ、来し方を振り返った新生児科医の心境として、この点も書き残しておきたいと思う。
我が息子は、生後3ヶ月、NICUにお世話になりました。あんなに祈った時は、ありませんでした。
退院の目処が立って、沐浴の仕方を教えていただきながら、ただただ、涙が溢れました。
そのNICUも、閉じられましたが、病院の前を通るたびに、最上階に近いNICUのあった階を見上げて、お礼を呟いております。
お疲れ様でした