NICUをしていたころ、担当した超低出生体重児にダイヤくんと読む名前を命名された子があった。超低出生体重児の常で、出生直後の命名されない時期に入院し、急場を乗り越えてやれやれ生存の見込みがついたなと思えるころ、親御さんとも深刻な問答を繰り返してお互い知り合えた頃に、保育器のシールに名前が書き込まれる。堅実そうなご両親にしてはいわゆるキラキラネームがついたなと、意外に思ったことを今も記憶している。思ったが別に自分が口を出すことでも無しと、もちろん黙っていた。
退院後のフォローアップも順調に終了してしばらく経った後、彼のお母さんが新聞に投稿された記事を読む機会があった。名前の由来が書かれてあった。地質調査を職業とされているお父さんが、ダイヤモンドというのは地下深くの高温高圧の環境により生成され、小さくても硬く輝く存在となるものだ、たとえ小さく生まれて過酷なNICUの治療を通過しなければならなくとも、過酷な経験を糧にダイヤモンドのように成長するのだという願いを込めて考えた名前だと、記事の文言を正確には記憶していないが、たしかそのような趣旨だった。
なるほどあの名前にはそのような深い意味がこもっていたのだったのかと、いまさらのような感銘を受けた。当時に聞いておけばよかったものを、下衆な勘ぐりをして腫れ物に触るように扱ってしまった。当時態度に顕れていなかったらよいが。
以降は命名が奇妙に思えても、キラキラネームという批判は思わないこととした。
NICUを閉じて周産期医療から撤退した今となっては、もはや私はまだ命名されていない時期の新生児に関わることはない。その今から考えても、やはりそれは親子のプライバシーであって自分の立ち入る範囲ではないという、当時の身構えには一理あるとは思う。しかし一方で、そのようなことにもあえて非公式の関心を示したほうが、自分自身のほうの人生はより豊穣になっていたのではないかとも思う。
後悔しているわけではない。なるようにして因果の末に今に至ったというだけのことである。
ちゃんと思いを込めた名前なんですね。読みづらいからちょっとどうかと私も思っていましたが、キラキラだ、とひとくくりにしてはいけませんね。
何者でもない命名されてない時期に関わるというのがなかなか無いことなので、改めてこの仕事の凄さに驚いてます